最高のダンスパートナー

正規の凡戦ならぬ、マクレガー対メイウェザーの試合。そもそも世界最高峰のフェイスタッチ職人であるメイウェザー選手と、一方は喧嘩屋のマクレガー選手とでは最初から噛み合う訳も無く。

メイウェザー選手は元から「弱い奴としか対戦しない」と揶揄されるほどに、試合前に入念な準備を積んで万全に万全を期して試合へ臨むタイプの選手です。自分にとって大きな利益がある試合ならいざ知らず、今回のような異種格闘技とも言える様な試合にはそもそも出る意味が無いので、彼が試合を受けたと言う事はどう転んでも負ける要素は無いと判断したからに他ならないからで。つまりはマクレガー選手はメイウェザー選手に試合を承諾させた時点で既に負けていたのです。

この試合、大前提としてマクレガー選手のみに大きな利益がある試合で、もう一方のメイウェザー選手には全くと言っていいほどメリットが無い試合です。恐らくその事についてはマクレガー選手も充分に承知していたみたいで、試合前から自身が負ける事前提での発言が目立っていた印象です。例えば「アリはMMAファイターとして不利な試合へ挑戦した。自分も不利な試合へ挑戦する!」と言った様に、最初から自分は圧倒的に不利なルールでこの試合に臨む事を周囲に印象付けようとしていました。

でもこれは当たり前の事で、かつて梶原一騎が夢想した地下プロレスの幻想がまだ支配的であった昭和の時代ならいざ知らず、UFCを始めとした様々なプロMMA競技が世界的な規模で行われている現在では、もはや小学生でもルール無用の異種格闘技は成り立たない事が衆目に晒されてしまっているのです。路上の喧嘩では無く、正式に契約書にサインしてTV中継動画配信するプロ同士の試合においては、詰まる所どちらがより「その試合形式ルールに慣れているか」で試合の優劣が決するのです。

今回はボクシングルールで戦いましたが、そのルールを両者で合意した時点でボクシングルールでの格上熟練者であるメイウェザー選手の勝利が確定した訳です。逆に言えばUFCルールで戦えばマクレガー選手の1R13秒KO!~みたいな圧倒的な試合になった事でしょう。今回はMMAとボクシングの双方の頂点に立つ者同士の試合でしたが、両者の実力が高ければ高いほどルールに対する習熟度の差が決定的になるのです。

従って試合結果自体には何のフシギも無いと言うか当然の結果な訳ですが…それ故に腑に落ちないと感じるのは、何故に100%負ける事が分かってる試合にマクレガー選手が固執したのかと言う点です。億単位の稼ぎがある男ですから金に困って~と言う事では無いと思いますが、それでも浮き草稼業の格闘家としての将来に何かしらの不安を抱いていたのかもしれません。

と言うのも最近、UFCの運営がまた一段と渋くなったと言いますか、かなりの人気選手であっても予告無く契約を打ち切って放出する事例が多くなり。また逆に特定の一部超人気選手~試合をするだけで勝敗に関係無く客を呼べるビッグネーム(J.ジョーンズやブロック.レスナー)~に対しては甘々な査定でほぼ永年契約を続行し続ける姿勢を強く打ち出して来ており。2階級制覇のUFCの顔とも言えるマクレガーほどの選手であって、内心はいつ自分も契約を切られるんじゃないかと怯えていたのかもしれません。そこで何とか契約し続けて貰える様に、常に自分が話題の中心人物となってUFC運営サイドの注目を惹き付けて置く必要があるとプレッシャーを感じていたのかも。或いは引退後の第二の人生を考えた時に確実に"レジェンド"と呼んで貰える様に、自身の格闘家人生のページに何か大きな金字塔となるモノを建てて置きたかったのかも?

まあいずれにしても当事者にしか分かり得ない駆け引きがあったと推測しますが、この試合を見て改めて自分の中で「ああ、もう異種格闘技と言う夢の舞台は完全に終わったんだ」と強く感じました。