2019年、新作夏アニメ批評

7月になったというのにずっと雨が続いており、どうやら長梅雨の気配が感じさせられる今日此の頃ですが、8月になったらなったでまた急激に蒸し暑くなりそうで。そうなると否が応でも温暖化による気候変動の影響を考えざるを得ません。

日本も観測値の上ではもう徐々に温帯気候とは言い難い記録を示す日々が数年来続いており、遅かれ早かれ雨季と乾季の差が激しく夏は蒸し暑く冬は凍える寒さに身を震わせる様な、熱帯とも温帯とも言い難い得意な気候地帯となるのでしょう。


新作夏アニメ批評:

まあそれはさておき…一通り夏アニメの新作も出揃いまして、3話まで視聴してみました。

  • 手品先輩
  • ソウナンですか?
  • ダンベル何キロ持てる?
  • 女子高生の無駄づかい
  • まちカドまぞく

~ココら辺はギャグ枠と言って良いでしょうか。今期は安定して良作が多いと思います。『手品先輩』だけはやや力強さに欠ける感ありですが、まあ流れで見る分には特に気にならないと思います。自分的には『女子高生の無駄づかい』と『まちカドまぞく』が特に面白いと感じています。

  • 彼方のアストラ
  • Dr.STONE
  • 炎炎ノ消防隊
  • コップクラフト
  • 荒ぶる季節の乙女どもよ。

~次はジャンプ系などですが、まあ元々の原作が良いのでいずれもアニメでもその面白さが十二分に伝わって来る良作に仕上がっていると思います。ただ『コップクラフト』はいわゆる業界ジンクスに照らし合わせますと…「村田蓮爾キャラデザの作品はコケる」というのが定番ですので、今回こそはその悪評を覆して新境地とも言うべき成果を出して欲しいと思います。

  • 魔王様、リトライ!
  • うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。
  • 通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?
  • ありふれた職業で世界最強
  • グランベルム
  • かつて神だった獣たちへ

~これらは安定の「異世界なろう系」ですが(笑)。今期は全くダークホースだった『魔王様、リトライ!』が非常に面白くて今後も目が離せません。逆にそれ以外はまあ月並みと言いますか、可も無く不可も無くといった感じでした。

  • ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかII
  • からかい上手の高木さん2

そして最後になりましたが、久々に間を空けての再登場となった話題作の2期目です。こちらの方は良い意味で可も無く不可も無くで非常に安定した作品力を感じさせられます。気が早いですが、この調子で今後も3期目を目指して頑張って欲しいものです。


世間では大事件が発生し、また期せずして参院選が行われていますが…自分としてはだからと言って急に何かをせねばと焦る事も無く、むしろ何時も通りを心掛けたいと思います。ただ参院選の結果自体は大いに気になる部分もありますので、少し時間が経ってから自分になりに考えるところを記事にでも出来たらなと思っています。

それでは皆々様方、ご自愛なされつつ素敵な週末をお過ごしください。

2019年春アニメ最終批評.その3

他にも幾つかのタイトルを最終話まで見終わりましたが、感想などはひとますこれにて終了です。またもう既に夏の新作アニメがスタートし始めてますが、それらについてはもう暫く後で3話くらいまで見てから感想などを書き綴りたいと思います。

最終アニメ批評: 異世界かるてっと

幸いな事に登場する4作品を一通り全て視聴済みだったので、互いのキャラ特性や相関図などに迷う事無く見る事が出来ました。

最終アニメ批評: 盾の勇者の成り上がり

大変、面白かったです。2クール25話で充分に楽しめたのですが、最終話で完全決着とはならずにさらなる謎を残したままとなったのでこの先が気になります。是非とも早急に続編、第2期を製作して欲しいですね。

最終アニメ批評: 賢者の孫

いわゆる "太郎系(笑)" の最終兵器だった訳ですが…巷の下馬評と異なり、少なくとも自分にとっては十二分に楽しめた大満足の一品となりました。確かに突っ込みどころの多い作品ではあるのですが、それは良い意味での突っ込みと言うか、少なくとも「ダメ出し」では無かったと思います。

何かと批判の多い太郎系作品ですが、しかしながら実際に人気を博してアニメ化されたその多くは「主人公が苦労せずに敵を倒してモテモテハーレム」では無くて「主人公が努力した分の成功報酬が確実に保証された世界」である様に思います。ただその "成功報酬" が実社会基準のそれと比べて過大評価されがちで、例えば「道に落ちていた財布をネコババせずにちゃんと正直に交番に届けたら、持ち主が王様で感謝され褒美に騎士団に召し抱えられてついでに姫様も一目惚れする」みたいな成功報酬のインフレが極端過ぎるのが概して批判の対象になっているのかなと思います。

しかしそれでも名誉太郎さん達は必ず「財布を拾って交番に届ける」という利他的行動を実践しており、その行為に対しての社会的認知や身分保障が明示的に読者側に示される物語のスタイルを総じて "太郎系" と言うのだと思います。これは恐らく読者の多くが現実社会では自身の利他的行動がほとんど全く報われる事無く、むしろ逆に非難されたり注意処罰の対象となった実体験を持つ人が多いため、いわゆる「正直者が馬鹿を見る」ことにすっかり嫌気が差して厭世感が蔓延した日々を送っているからではないかと推測されます。

この事を裏付ける様に太郎系作品では必ず利己的行動を行う人物に災難が降りかかり、或いは主人公がその悪を暴くという形で注意処罰を与える側に回るシーンが多く描写されます。主人公の利他的行動と敵対勢力の利己的行動が対比的に描写され、時として利己的行動を行った者達には過剰苛烈とも言うべき懲罰が与えられるのが常となっています。そして主人公の与えた懲罰は作品の中では絶対的に正しく道徳的規範に則った世界の真理であると解釈され、一種の宗教教祖的なカリスマとして描かれるのもお約束となっています。

近年、多くの大学関係者から「最近、学生の間で無駄な事はしたくないという声が多く聞かれる」みたいな話がTwitter等で流れて来ます。この場合の "無駄な事" というのは「利己的行動を行ったにも関わらず適切な成功報酬が受け取れない事案全般」の事を意味しています。これはただ単に疲れる事はしたくないという嫌悪感程度のレベルでは無く、もう金輪際絶対に搾取されたくない!騙されたくない!という叫びにも似た恐怖感に近い感情が日常的に昨今の若者達の間で支配的である事を意味しています。

一般的に大学進学出来る様な若者は社会的にも恵まれていて中流階級以上の準富裕層階級に属していると思われるのですが、前述の様な貧民街に暮らす人々の様な価値観が支配的になりつつあるのが現実だとすると、今現在の日本の社会システムは完全に崩壊してしまっており、多くの若者は自力救済しか信じられずに他者に何かを分け与える利他的行動を絶望視している事になります。この様な社会ではちょっとした人助け、例えば「電車で席を譲る」とか「落と物を拾ってあげる」みたいな直接に金銭授受を伴わないレベルの利他的行動であっても嫌悪回避され、逆に些細な僅かばかりの金銭的利益を得るための利己的行動のみが支配する社会と成り果ててしまいます。

しかしながら人類、ホモ.サピエンスは様々な研究結果から遺伝子レベルで利己的行動よりも利他的行動を優先しその事に幸福を感じる様に脳が進化している事が分かっています。現実社会の環境圧では利己的行動を強く要求されるにも関わらず、本能レベルでは人助けをして褒められたいという利他的行動の欲求が強くなるため、その板挟みによる精神的ストレスの解消欲から代償行為としての太郎系作品の様な「利他的行動が絶対的に正しく評価され必ず報われる物語」がより多くの人々に求められ受け入れられているのではないかと推測します。

そう考えると来る参議院選挙と立て続けに行われるであろう衆議院選挙の結果如何に依っては、これら太郎系作品の内容傾向に大きな影響を与え下手をするとジャンル自体の存亡にも影響を与えるのではないかと愚考してしまいます。昔の人は「歌は世につれ世は歌につれ」と言いましたが、同じくアニメやマンガ、映画に小説の様な娯楽コンテンツは須らく "世相を映す鏡" であると言えるでしょう。

2019年春アニメ最終批評.その2

最終回では無いですが、とりあえず前半の一区切りが付いた作品について自分的に思った事などを…

前半アニメ批評: Fairy gone フェアリーゴーン

色々とやりたい事は何となく分りはするんですが、如何せん尺が足りてない上にキャラが多過ぎて焦点が分散してしまい、その結果、通しで見ても何が何だかサッパリ分からないみたいな感じになってしまいました。多人数による群像劇ドラマとして仕上げたかったのか、それとも主人公(ヒロイン)の成長物語を描きたかったのか、全体を通して見ても非常に焦点がボヤけており物語としても散漫な印象を抱かせる原因となっていると思います。

そして何と言ってもタイトルにもなっている「精霊」の扱い方と描き方が余りにも良くないと思います。最初の第1話の初登場の時点でこそ目を引きましたが、回を追う毎にただのRPG的な戦闘オプションとしての描写しか引き出せず、本来の描くべきであろう「人と人為らざる存在との関係」が全く描けて無かったと思います。また劇中では精霊使いは一騎当千の強者として扱われますが、実際の描写ではそこまでの迫力も感じられず…正直、この程度の戦闘力ならば普通にサブマシンガンの一斉掃射の方が現実的かつ戦術的にも圧倒的に強いのでは?と思わせる描写が度々ありました(実際、ライフル銃での狙撃でダメージを受けていましたし)。

これだったら精霊自体を最初から登場させずに、世界大戦で荒廃した国を立て直して行く中での若者たちの青春群像劇として描き切った方が何十倍もマシだった様に思えます。或いは異世界的な風味が欲しいだけであるのなら、精霊を戦術兵器としてでは無くもっと精神的な存在として限定して描くべきだったかなと思います。現実世界に置ける、アフリカ内戦で絶滅の危機に瀕している野生動物みたいな感じで。基本的には登場人物たちは困難を自力で乗り越えるしか無いが、時に精霊は気まぐれか或いは運命に導かれてか不思議な力でヒロイン達を助ける事もあれば、逆に道を惑わす事もある不確かな存在として描くべきだったかなと思います。

また戦争モノで部隊内の誰かが戦死するのはお約束なので致し方ないですが。お約束だからこそ、主人公とはほとんど何の絡みも無く視聴者側も全く意識していない名無しのモブ同然のキャラクターが突然に死んでも、それは日常の新聞報道で遠く離れた場所の殺人事件や事故のニュースを見聞きするのと同じで、何の感慨も非痛感も生まれませんし下手すれば逆に大げさに悲しむ登場人物たちに不快感すら抱かせます。もしも作品内で誰かを死なせる必要があるのでしたら、それは最も重要で物語に欠かせない人物であるべきなのです。死んで居なくなっても物語の進行に影響無いキャラクターを死なせても、視聴者読者は何も感じません。

何だからよく分からないままに第2期へと続くみたいですが…次期はちょっと見なくてもいいかなと思いました(まあそれでも見るんですが…)。

前半アニメ批評: キャロル&チューズデイ

これも出だしは好調だったのですが、回を追う毎に段々と失速して行った感じがします。

そもそも大前提となっていて毎回、冒頭のナレーションでも繰り返し唱えられている「火星が舞台」という設定が全く生かされておらず、また登場人物の価値観や境遇等も取り立てて既存のモノとの差異は感じられないので、これだったら奇をてらって「火星が舞台」などとする必要も無く、普通に近未来SF的な地球が舞台で良かったのではと思います。

親が政治家で世間体ばかりを気にするとか、孤児で両親の顔も知らず苦労した~等のキャラ設定はある意味、テンプレ的で特に火星的なモノではありませんし、その脇を固める仲間や登場人物達も特に既成概念から乖離した様な独自のキャラクターは一人も居なかった様に思います。強いて言えば「全ての楽曲はAIによる自動作曲がメイン」というものですが、これも単なる現実世界の10年後の未来予想に過ぎず、特に地球外での環境である必要はありません。

例えば…

火星では地球と違って大気が薄く気圧が低い状態が普通であり、また大気を構成する成分も地球とは異なるため(窒素率が多く二酸化炭素が少なめとか)、そのため音の伝わり方が一般的な地球上と異なってくる。それ故、単純に地球でヒットした楽曲をそのまま火星で聞いてもヘリウムガスを吸った様に変に聞こえるため、そのため火星では火星独自の音楽や歌い方が発展しそれらをサポートするためにAIによる自動作曲が広く普及しているのだった…

~みたいな設定ならば、またひと味もふた味も違った展開や切り込み方が出来たと思うのですが…残念ながら作中で火星である設定が有効に生かされた部分は皆無であり、それどころか冒頭ナレーションと会話中の単語としての意味以外では全く使われていないのが残念でなりません。

今後の後半の展開も「私達はお金や有名になりたかったんじゃ無い!」的なただのテンプレ的な方向性のみに始終する様では自分内での作品評価は上がる事は無いと思います。余り望み薄ですが、後半の巻き返しに期待して見続けたいと思います。

2019年春アニメ最終批評.その1

7月になりましたが、まだまだ関東圏は雨続きの天候の日が多く、カラっと夏らしい晴れの日が訪れるのは先になりそうです。

最終アニメ批評: さらざんまい

予定通りというか、現段階では最終話を見てもよく分からないというのが正直な感想ですが、何を言いたいのか難解で意味不明という感じでは無く、ただまだ自分には殻に閉ざされた本当の中身がまだ見ていないんだなという感想です。

これは今までの幾原作品と同じであり、見る前から織り込み済みなので特に不快感の様なものは感じません。その内に少しずつweb記事等で様々な人達が個々の解釈や感想を述べるでしょうし、その中から自分に取っての的を得た解釈なり感想なりを読んだ時にまた違った印象や解釈を抱くのも楽しみの一つと言えます。

現時点での率直な感想は、前作の百合熊に比べてさらにひねり込んで来た印象でしたが…そう思わせて置いて実は案外、簡潔な話だったのかもしれません。そういう点も含めて真相は10年後くらいに分かるのでしょう。面白かったです。

最終アニメ批評: 世話やきキツネの仙狐さん

いわゆる萌アニメというか日常ゆるふわ系の作品で、最初から最後まで何の葛藤も成長も無く、ただひたすらにテンプレート化した日常を繰り返すアニメです。しかしながら最後の最後でお約束というか、ヒロインである仙狐さんが主人公の元を黙って去る展開で最終回へ引くも何だかんだで元の鞘に落ち着いて終わるというテンプレで幕を下ろした訳ですが…これが大多数のファンには不興を買いまとめサイト等ではコメントが荒れに荒れてしまいました。

自分は昭和生まれなので視聴した時点ではそれこそ "お約束" だと思い特に何と言う感想も抱かなかったのですが。改めて考え直すと、確かにこの様な「日常ゆるふわ系アニメ」に置いては少なくともビジネス的視点で言えば、多少なりとも主人公を追い詰めたり不安に陥らせたりする様な演出展開は全く必要ありません。本当に必要ないと思います。全体としては9割型、99%はストレスフリーで来たのだから、最後くらいはちょっとだけスパイス的な展開を入れた方が返って作品全体が締まるのでは?と考える向きもあろうかと思いますが、それは高級ワインに隠し味として糞汁を1滴垂らす様なものであり単なる愚行に過ぎないと断言出来ます。

現実ではワインに尿や糞汁を1~2滴垂らしたところで、黙っていれば飲む人には分からないですし、直ちに健康被害を及ぼす事も無いので特に問題になる事はありませんが。アニメやマンガなどの場合、製作側が隠し味のつもりでもコンテンツの形態上、必ず視聴者側に明確な形で伝わりますので、その時点で問題発覚となり大炎上事案と化すのです。

この問題はあたかも「その方が美味しいから」と勝手に了解も得ずにイスラム教徒の人を豚骨ラーメンのお店に騙して連れて行き、怪訝な顔をするその人を尻目に「まずは食べてみてよ」とチャーシューや豚骨スープを食べさせてからネタばらしをし、その人が怒っても「その割には随分と美味しそうに食べてたよ」と嘲笑し侮辱する事に等しいのです。つまりこれらの行為は一つ間違えば相手を激昂させ、報復され殺されても文句は言えない様な愚行であり大罪であるとも言えます。

汝、他人のタコ焼きにマヨネーズをかける事無かれ。

日記:2019-06-19

とりあえずPHPのverを5.6にアップグレード。もう少しだけこのサイトで騙し騙しやって行く所存。

多分、そのせいという訳では無いけど、一通り動作確認を行ったらYoutube動画用のショートコードが上手く働いて無い模様。一律にサムネ画像が行方不明状態になってしまってるけど、まあ動画自体の視聴には影響無いので放置(笑)。


習慣アニメ批評: 巨人

大体、アニメとかの回想シーンはつまんないのが相場だけど…これは面白い。つ~か巨人化の能力って特定の民族由来の能力だったのか!

でもさすがに初見だとマーレだの何とか人だの覚えきれないというか、もっと見た目で区別が付く様にして貰いたいけど(例えば肌が青いとか)。でもそれやっちゃうと「同じ人間同士で差別し合ってる」というインパクトというかテーマ性的なものが弱まってしまうので致し方ないか。それでも髪型風俗とか瞳の色が違うとかで判別出来る様にして欲しかったかな。

習慣アニメ批評: ぼっち

もうOPは飽和状態なのにまだフレンズが増えるのか。

習慣アニメ批評: 第5部

もうこの辺になると全く覚えてない。ミスタの「指に毛が生えてるゥ~!」は強烈に覚えてたけど(笑)。

最終的にジョルノがボスを倒したのは覚えてるけど、具体的にどうやったのかとか、他のメンバーがどうなったのかとかは全く覚えてないので。今後も新鮮な気持ちでアニメ進行を楽しめます。

結局、ポルナレフはここで死亡というかカメEDなのかな?