簡単に会話の内容を意訳すると、
赤服女: 襲撃の事を覚えてる?テロリストの事とか…
偽素子: 何?…体が感じない?!
赤服女: ミラ、貴方は重傷を負った…だから新しい体を与えたの。でも貴方の魂とゴーストは元通りよ…ミラ…
~みたいな感じです。
やっちゃいましたね…!ハリウッド界隈では攻殻人気は高く、制作陣やスッタフの中にもリスペクトしている人は多かろうから、まあ無難な仕上がりなるだろうと高をくくっていたらこのザマです。
巷では主人公の名前が草薙素子ではなく「ミラ」に改変されてる部分に注目が集まってますが。これに関してはまあ自分は仕方ないと言うか、オリジナルのままの方が良いけど、英語ラテン語圏で発音しやすい様にアレンジするのは問題ないと考えます(その名前自体にテーマやストーリ上のトリックが無ければ)。
自分が非常に問題が有ると感じたのは、この数秒のPVから既に判明する重大な事実。つまりこのシーンから判明する事は、少佐(偽素子=ミラ)が成人してからテロに巻き込まれ瀕死の重傷を負い、それを何らかの政府機関?が組成改造してロボコップレディとして再誕生させた~みたいなシーンです。
この場合の原作と思われるアニメ版の少佐の生い立ちは「物心付くか付かないかの幼少時に事故で重体の植物人間状態となるが、その後開発されたばかりの義体技術によって人工の体を手に入れ普通の人間の様に動ける様になった。しかし人生の大半を義体化した体で過ごして来たため彼女自身の心の中には"実は本物の自分は既にあの時に死んでいて、今のこの自我も人工AIではないのか?"と言う言い知れぬ不安が常に付き纏っている…」~みたいな感じの人物像な訳です。
もちろん舞台背景としては義体化が一般化しており、現代で言うところのメガネやピアス程度の装着感でカジュアルに義体が使われている世界な訳ですが。少なくとも神山版ではそう言った中にあっても少佐はかなり特異と言うかピーキーな価値観を持つ人物として描かれており、一般的にはまだまだ完全義体化には若干の抵抗があると言う人たちも少なからず存在する事も描写されています。
少佐は一見すると電脳化万歳の完全義体化推進派として描かれてる様に見える訳なんですが…時折、些細なシーンでは奇妙な不安感の様なモノを抱かせる描写がなされています。そして不安を抱くからこそ普段は必要以上にマッチョな振る舞いをし、必要以上にハッカー的なドライでクールな言動を発する…しかし時折、心の深層部に踏み込まれた時に非常に脆くて弱い部分をさらけ出す、これこそが20年以上も世界中の攻殻ファンを魅了し続けて来た草薙素子のキャラクター性な訳です(原作漫画の方の少佐は80年代SF美少女キャラに有りがちなファンキーヲタク的な性格をしてるけど、このハリウッド版はそれとも違う)。
ところがそのキャラクターの根幹をなす主人公の生い立ちを根本から変えてしまうと、それに基づいたストーリやテーマは崩壊してしまうので、その部分はどうあっても崩したり変更してはならないのですが。今回も実写あるあるのご多分に漏れずやってくれちゃいました…!
また他のセリフからミラ(笑)は「私をこんな体にした奴らに復讐してやる!」みたいな事を口走ってもいます。恐らく制作陣やプロデューサーは善意の改変と言うか、サイバーSFとかに興味の無い南部在住の共和党支持者にも受け要られやすい様に「テロと戦い復讐する女サイボーグ戦士!」みたいな80年代風ロボコップレディのキャラ付けをしたつもりなんでしょうが、そもそもこんなSF崩れの映画を南部のレッドネックが見に来る訳が無いんで、主な客層は青い州に住む意識高い系ヲタクな訳ですよ(笑)。
どんなに優れた作品でもターゲットを間違ってしまうと空振りに終わります。そもそも南部のトランプ支持者がターゲットならば主人公は軍隊帰りの白人男性妻子持ちにすべきだし、グローバルな層をターゲットにするのであれば"テロとの戦い"は向いているテーマでは無い。つ~か元ネタの原作アニメの世界的人気にあやかっておこぼれに預かりたいのならもっと原作寄りにすべきだし、何ならそれこそハリウッドお得意のフル3DCGで完璧な攻殻ワールドをスクリーンに再現した方がよっぽど世界中でDVDもバカ売れすると言うものだ。
前々から自分、この「攻殻機動隊がハリウッドで映画化」の話を聞いた時から、ハリウッド的グローバル視点でのリリース戦略を重視しなければならないのであれば、主人公は少佐では無く唯一の生身の人間であり家庭人でもあるトグサを主役にそえるか、或いは彼の視点から見た超人・草薙素子を描く様な映画にすべきじゃ無いのかと思っていました。電脳化や義体の体を心地良く思う心理自体が一般的な欧米キリスト教圏の視聴者層には理解し難い感覚だと思うし、しかしそれこそが攻殻機動隊のテーマの1つでもあると思うので、両方を立てるとすればその解決法しか無いと思っていたのですが…。
残念ながら映画の公開は4月と言う事なので、もう既に大半を撮り終えて編集作業中だと思われるので、ここから大幅な修正は無理だろうから、もう既にこの映画の敗北は決定付けられたと思うのです。